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About
SEAPORT
OUR STORY
LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
FROM TSURUGA TO THE WORLD.
SEAPORTは、福井県敦賀市で生まれたアパレルブランドです。
始まりは、高校時代からの同級生二人の何気ない会話でした。
「自分たちで起業して、何か始めたい。」
二人とも昔から服が好きでした。
90年代から続くストリートカルチャーやアメカジ、音楽。
STÜSSYの持つストリートの空気感や、X JAPANのhideが音楽だけでなくファッションや生き方まで含めて表現していた姿にも、大きな影響を受けてきました。
一方で、地元・福井で暮らしていると、服を買いたくても選択肢が決して多くない。
それなら、自分たちが本当に着たいと思える服を、自分たちで作ってみよう。
そこからSEAPORTは始まりました。
---
WHY TSURUGA?
私たちは二人とも、敦賀で生まれ育ちました。
敦賀は決して大きな街ではありません。
しかし、この街の歴史をたどると、かつて日本と世界をつなぐ重要な玄関口だったことが分かります。
敦賀港からウラジオストクへ渡り、シベリア鉄道を経てヨーロッパへ。
1912年には東京・新橋と敦賀・金ヶ崎を結ぶ欧亜国際連絡列車が運行され、人や物、文化がこの街を通って世界へと行き交いました。
そして敦賀には、もう一つ大切な歴史があります。
1920年代には、シベリアで家族を失ったポーランド孤児たちが敦賀港へ上陸しました。
1940年代には、杉原千畝が発給した「命のビザ」を携えたユダヤ難民たちが、ウラジオストクを経て敦賀へたどり着きました。
当時の敦賀の人々は、遠い異国から来た彼らを温かく迎え入れたと伝えられています。
この歴史から、敦賀は**「人道の港」**とも呼ばれています。
私たちがブランドをSEAPORTと名付けた理由は、単に敦賀が港町だからではありません。
世界への玄関口だったこと。
多くの人を迎え入れた人道の港だったこと。
自分たちが生まれ育った街に、そんな歴史があったことを風化させたくない。
それを次の世代へ伝えていきたい。
その想いを、SEAPORTという名前に込めています。
---
LOCAL PRIDE.
SEAPORTが作りたいのは、いわゆる「ご当地土産」ではありません。
敦賀を知らない人が見ても、まず純粋に、
「この服、格好いいな。」
と思ってもらえること。
そして、服を手に取った先で敦賀という街を知り、
「このデザインには、こんな背景があったんだ。」
と感じてもらえること。
港の風景。
日本海。
夜明け前の空気。
鉄道。
古い建物。
少し無骨で、派手ではないけれど芯のある街の空気。
そうした敦賀の背景を、アメカジやストリートという私たちが好きなカルチャーを通して、現代の服へと再構築していく。
ローカルであることを弱みにするのではなく、他にはない強さに変える。
それがSEAPORTの考えるLOCAL PRIDE.です。
---
FROM TSURUGA TO THE WORLD.
ブランドを始めた当初から、すべてが順調だったわけではありません。
特に苦労したのが、服を作ってくれる工場を探すことでした。
実績も知名度もない地方の小さなブランド。
問い合わせをしても、話すら聞いてもらえないこともありました。
それでも一社ずつ探し、一人ずつ話をして、少しずつSEAPORTを形にしてきました。
その過程で、思いがけないものも得ることができました。
SEAPORTを始めなければ出会うことのなかった人たちとのつながりです。
服を作る人。
写真を撮る人。
モデルとして参加してくれる人。
地元のお店や企業。
そしてSEAPORTを応援してくれる人たち。
服を作ることから始まったブランドが、少しずつ人と人をつなぎ始めています。
私たちは、完成したブランドを敦賀へ持ってくるのではなく、
敦賀や福井の人たちと一緒にSEAPORTを育てていきたい。
街を歩けばSEAPORTを見かける。
地元の人がSEAPORTを着ている。
SEAPORTをきっかけに、今まで接点のなかった人同士がつながる。
そんなブランドが、いつかこの街のカルチャーの一つになればと思っています。
---
CARRY YOUR ROOTS.
SEAPORTが服を通して伝えたいことがあります。
自分のルーツを風化させず、誇りを持って次の世代へ伝えてほしい。
ということです。
育った街。
若い頃に聴いていた音楽。
好きだった服。
一緒に過ごした仲間。
これまで歩いてきた時間。
年齢を重ねても、それらを置いていく必要はありません。
好きだったカルチャーを卒業する必要もない。
今の自分に合わせて、着方や表現をアップデートすればいい。
ルーツとは、ただ懐かしむものではなく、背負って次へ進むためのものだと私たちは考えています。
敦賀の歴史をSEAPORTが服やカルチャーに変えて次の世代へ運んでいくように、SEAPORTを着る人にも、自分自身のルーツに誇りを持ってほしい。
Carry Your Roots.
それが、SEAPORTが服の先に伝えたいメッセージです。
---
LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
私たちが目指しているのは、単に服がたくさん売れるブランドになることだけではありません。
SEAPORTをきっかけに、
「敦賀って、どんな街なんだろう。」
と思う人を増やしたい。
いつか日本のどこかで、そして世界のどこかでSEAPORTを着ている人を見たとき、
「それ、福井県敦賀市から始まったブランドなんだよ。」
と誰かが話している。
そして敦賀の人が、
「SEAPORTは、この街から生まれたブランドだ。」
と少し誇らしく思ってくれる。
そんな未来を目指しています。
かつて敦賀が、日本と世界をつなぐ玄関口だったように。
今度は服とカルチャーを、この街から外の世界へ。
高校時代からの同級生二人の小さな会話から始まったブランドですが、目指している場所は小さくありません。
敦賀の記憶を風化させず、服とカルチャーに変えて、次の世代と外の世界へ運んでいく。
それが、私たちがSEAPORTを続ける理由です。
LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
FROM TSURUGA TO THE WORLD.
Carry Your Roots.
LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
FROM TSURUGA TO THE WORLD.
SEAPORTは、福井県敦賀市で生まれたアパレルブランドです。
始まりは、高校時代からの同級生二人の何気ない会話でした。
「自分たちで起業して、何か始めたい。」
二人とも昔から服が好きでした。
90年代から続くストリートカルチャーやアメカジ、音楽。
STÜSSYの持つストリートの空気感や、X JAPANのhideが音楽だけでなくファッションや生き方まで含めて表現していた姿にも、大きな影響を受けてきました。
一方で、地元・福井で暮らしていると、服を買いたくても選択肢が決して多くない。
それなら、自分たちが本当に着たいと思える服を、自分たちで作ってみよう。
そこからSEAPORTは始まりました。
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WHY TSURUGA?
私たちは二人とも、敦賀で生まれ育ちました。
敦賀は決して大きな街ではありません。
しかし、この街の歴史をたどると、かつて日本と世界をつなぐ重要な玄関口だったことが分かります。
敦賀港からウラジオストクへ渡り、シベリア鉄道を経てヨーロッパへ。
1912年には東京・新橋と敦賀・金ヶ崎を結ぶ欧亜国際連絡列車が運行され、人や物、文化がこの街を通って世界へと行き交いました。
そして敦賀には、もう一つ大切な歴史があります。
1920年代には、シベリアで家族を失ったポーランド孤児たちが敦賀港へ上陸しました。
1940年代には、杉原千畝が発給した「命のビザ」を携えたユダヤ難民たちが、ウラジオストクを経て敦賀へたどり着きました。
当時の敦賀の人々は、遠い異国から来た彼らを温かく迎え入れたと伝えられています。
この歴史から、敦賀は**「人道の港」**とも呼ばれています。
私たちがブランドをSEAPORTと名付けた理由は、単に敦賀が港町だからではありません。
世界への玄関口だったこと。
多くの人を迎え入れた人道の港だったこと。
自分たちが生まれ育った街に、そんな歴史があったことを風化させたくない。
それを次の世代へ伝えていきたい。
その想いを、SEAPORTという名前に込めています。
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LOCAL PRIDE.
SEAPORTが作りたいのは、いわゆる「ご当地土産」ではありません。
敦賀を知らない人が見ても、まず純粋に、
「この服、格好いいな。」
と思ってもらえること。
そして、服を手に取った先で敦賀という街を知り、
「このデザインには、こんな背景があったんだ。」
と感じてもらえること。
港の風景。
日本海。
夜明け前の空気。
鉄道。
古い建物。
少し無骨で、派手ではないけれど芯のある街の空気。
そうした敦賀の背景を、アメカジやストリートという私たちが好きなカルチャーを通して、現代の服へと再構築していく。
ローカルであることを弱みにするのではなく、他にはない強さに変える。
それがSEAPORTの考えるLOCAL PRIDE.です。
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FROM TSURUGA TO THE WORLD.
ブランドを始めた当初から、すべてが順調だったわけではありません。
特に苦労したのが、服を作ってくれる工場を探すことでした。
実績も知名度もない地方の小さなブランド。
問い合わせをしても、話すら聞いてもらえないこともありました。
それでも一社ずつ探し、一人ずつ話をして、少しずつSEAPORTを形にしてきました。
その過程で、思いがけないものも得ることができました。
SEAPORTを始めなければ出会うことのなかった人たちとのつながりです。
服を作る人。
写真を撮る人。
モデルとして参加してくれる人。
地元のお店や企業。
そしてSEAPORTを応援してくれる人たち。
服を作ることから始まったブランドが、少しずつ人と人をつなぎ始めています。
私たちは、完成したブランドを敦賀へ持ってくるのではなく、
敦賀や福井の人たちと一緒にSEAPORTを育てていきたい。
街を歩けばSEAPORTを見かける。
地元の人がSEAPORTを着ている。
SEAPORTをきっかけに、今まで接点のなかった人同士がつながる。
そんなブランドが、いつかこの街のカルチャーの一つになればと思っています。
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CARRY YOUR ROOTS.
SEAPORTが服を通して伝えたいことがあります。
自分のルーツを風化させず、誇りを持って次の世代へ伝えてほしい。
ということです。
育った街。
若い頃に聴いていた音楽。
好きだった服。
一緒に過ごした仲間。
これまで歩いてきた時間。
年齢を重ねても、それらを置いていく必要はありません。
好きだったカルチャーを卒業する必要もない。
今の自分に合わせて、着方や表現をアップデートすればいい。
ルーツとは、ただ懐かしむものではなく、背負って次へ進むためのものだと私たちは考えています。
敦賀の歴史をSEAPORTが服やカルチャーに変えて次の世代へ運んでいくように、SEAPORTを着る人にも、自分自身のルーツに誇りを持ってほしい。
Carry Your Roots.
それが、SEAPORTが服の先に伝えたいメッセージです。
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LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
私たちが目指しているのは、単に服がたくさん売れるブランドになることだけではありません。
SEAPORTをきっかけに、
「敦賀って、どんな街なんだろう。」
と思う人を増やしたい。
いつか日本のどこかで、そして世界のどこかでSEAPORTを着ている人を見たとき、
「それ、福井県敦賀市から始まったブランドなんだよ。」
と誰かが話している。
そして敦賀の人が、
「SEAPORTは、この街から生まれたブランドだ。」
と少し誇らしく思ってくれる。
そんな未来を目指しています。
かつて敦賀が、日本と世界をつなぐ玄関口だったように。
今度は服とカルチャーを、この街から外の世界へ。
高校時代からの同級生二人の小さな会話から始まったブランドですが、目指している場所は小さくありません。
敦賀の記憶を風化させず、服とカルチャーに変えて、次の世代と外の世界へ運んでいく。
それが、私たちがSEAPORTを続ける理由です。
LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.
FROM TSURUGA TO THE WORLD.
Carry Your Roots.
