2026/09/18 19:29

今なら、気になったものをすぐ調べられる。

ブランド名を検索する。

曲を検索する。

画像を見る。

動画を見る。

数分後には、かなり詳しくなっている。

便利だ。

本当に便利だと思う。

でも、ときどき昔の「分からなさ」が懐かしくなる。

雑誌を何度も読んだ。

毎月発売日を待っていた雑誌があった。

一度読んで終わりではない。

同じページを何度も見る。

小さな写真に写っている服が気になる。

ブランド名を探す。

広告を見る。

ショップリストを見る。

そこからまた別のものを知る。

ひとつの雑誌から、

何週間も遊べた。

CDには、その周辺まで入っていた。

音楽だけではなかった。

ジャケット。

ブックレット。

写真。

ロゴ。

アーティストの服。

全部含めてひとつだった。

CDショップへ行って、

ジャケットだけを見て知らないCDを買うこともあった。

外れることもある。

でも、その偶然が面白かった。

古着屋には、答えが書いていなかった。

ラックから一枚引っ張り出す。

知らないプリント。

知らないタグ。

でも、なぜか気になる。

店員に聞いて初めて知ることもある。

家に帰ってから調べることもある。

正解が分からないまま買う。

今よりずっと不便だった。

でも、

「自分で見つけた」

という感覚が強かった。

カルチャーは、探すものだった。

欲しい情報が向こうから流れてくる時代ではなかった。

だから自分から近づいた。

時間も使った。

失敗もした。

遠回りした。

そのぶん、好きになったものをよく覚えている。

今の時代を否定したいわけではない。

SNSも検索も便利だ。

SEAPORTだって、それを使っている。

昔に戻りたいわけではない。

ただ、

効率よく知ることと、

好きになることは、

少し違う気がしている。

偶然出会う。

気になって調べる。

背景を知る。

さらに好きになる。

SEAPORTのJOURNALも、

そんな場所になれたらいい。

商品を買うためだけのページではなく、

何か知らなかったものを持ち帰れる場所。

昔、雑誌をめくっていたときのように。

次のページが少し気になる場所。

カルチャーは、

最短距離でたどり着くものだけじゃない。

遠回りしたからこそ、

自分のルーツになるものもある。

CARRY YOUR ROOTS.