2026/09/06 12:56

昔は、Tシャツなんてそれほど難しい服ではなかった。


好きなグラフィックを選んで、デニムや太めのパンツに合わせる。

少しくらいサイズが大きくても、小さくても、それなりに格好になった。

ところが40代が近づいてくると、同じTシャツなのに何となくしっくりこなくなる。

昔と同じサイズを着ると、体のラインが妙に目立つ。

逆に大きいサイズを選ぶと、今度はだらしなく見える。

だからといって無地のジャストサイズだけにすると、今度は少し物足りない。

Tシャツそのものが難しくなったというより、自分の体と服のバランスが変わったのだと思う。

「大きめ」を選ぶだけでは解決しない。

ストリートやアメカジが好きなら、ある程度ゆとりのあるTシャツを着たい。

でも、大人のオーバーサイズは単純に2サイズ、3サイズ上げればいいわけではない。

見るべきなのは、

肩。

身幅。

着丈。

この3つ。

肩は少し落ちる。

身幅には余裕がある。

腹まわりのラインを拾いすぎない。

でも着丈は必要以上に長くしない。

このバランスだけでも、かなり印象は変わる。

40代になると「何を着るか」と同じくらい、どういうバランスで着るかが大切になる。

昔好きだったTシャツを、やめる必要はない。

ここでやりがちなのが、

「もう40代だからグラフィックTはやめよう」

「派手なものは若い人に任せよう」

という選択だ。

でも、本当にそれしかないだろうか。

10代や20代の頃に好きだったストリート、バンド、スケート、アメカジ。

年齢を重ねたからといって、そのカルチャーまで嫌いになったわけではない。

変える必要があるのは、好きなものではなく着方なのかもしれない。

グラフィックTなら、パンツをシンプルにする。

大きめのTシャツなら、着丈とパンツの太さを調整する。

スニーカーやキャップを使うなら、全部を若いストリートに寄せすぎない。

少しずつ引き算する。

そうすると、昔好きだったものが今の自分にも自然に馴染んでくる。

40代には、40代のストリートがある。

若い頃と同じ格好をする必要はない。

でも、好きだった服を全部やめる必要もない。

年齢を重ねることで、似合わなくなるものもある。

その一方で、若い頃より格好よく着られるものもある。

着てきた時間がある。

好きだったカルチャーがある。

自分なりの基準もできている。

だから40代の服は、本来もっと面白いはずだ。

SEAPORTが考えているのも、

「40代だからストリートを卒業する」

ではなく、

好きなカルチャーを、今の自分に似合う形へアップデートすること。

変えるのは、ルーツではなくバランス。

Tシャツは、まだまだ着られる。

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JOURNAL 03

地方にいることは、カルチャーから遠いということなのか。

東京、大阪、ニューヨーク、ロサンゼルス。

ファッションや音楽の話をすると、どうしても大きな街の名前が出てくる。

新しいショップ。

ライブハウス。

クラブ。

スケートスポット。

ブランド。

人が集まる場所には、新しいカルチャーも生まれやすい。

では、地方に住んでいる人間は、カルチャーから遠いのだろうか。

SEAPORTを始めてから、このことを以前より考えるようになった。

地方には「何もない」のか。

僕らが暮らす福井県敦賀市は、大都市ではない。

ファッションの選択肢も、東京と比べれば当然少ない。

若い頃、

「もっと服屋があればいいのに」

と思ったこともある。

好きなブランドを見るために県外へ行く。

雑誌を見る。

音楽を聴く。

インターネットで海外のカルチャーを見る。

地方にいると、自分から探しに行かなければ届かないものが確かにあった。

でも振り返ると、それは悪いことばかりではなかった。

何でも目の前にあるわけではないから、自分で探した。

調べた。

選んだ。

結果として、自分が何を好きなのかを考えるようになった。

カルチャーは、場所だけで決まらない。

90年代や00年代。

東京から遠く離れた場所にいても、雑誌、CD、ビデオ、テレビ、ショップを通じて、自分たちなりにストリートや音楽を吸収していた。

完全に同じものではなかったと思う。

むしろ少しズレていたかもしれない。

でも、そのズレを含めてローカルのカルチャーだったのだと思う。

海外のものをそのままコピーするのではなく、

東京で流行っているものをそのまま持ってくるのでもない。

自分たちが暮らしている土地を通して、一度解釈する。

その瞬間、カルチャーはその場所のものになる。

敦賀だから作れるもの。

敦賀には港がある。

日本海がある。

古い建物がある。

鉄道の歴史がある。

冬の重たい空もある。

夜の港には、都会とはまったく違う静けさがある。

昔は、それをファッションと結びつけて考えたことはなかった。

でもブランドを始めてから、見慣れていた風景の中にデザインの種がたくさんあることに気づいた。

地方にいることは、カルチャーから遠いことではない。

むしろ、

他の場所にはない材料のすぐそばにいる

ということなのかもしれない。

LOCAL PRIDE.

ローカルを誇るというと、地元礼賛のように聞こえるかもしれない。

でもSEAPORTが考えるLOCAL PRIDE.は、少し違う。

地元だから何でも素晴らしいと言いたいわけではない。

足りないものもある。

不便なこともある。

だから外を見る。

外から学ぶ。

その上で、自分たちの足元をもう一度見る。

世界を見ることと、地元を大切にすることは反対ではない。

むしろ両方を見るから、自分たちにしか作れないものが分かってくる。

地方だからできない、ではなく。

ここにいるから作れるものは何か。

SEAPORTは、その答えを服で探している。

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JOURNAL 04

僕らが90年代・00年代の服を、今も格好いいと思う理由。

新しい服を見ているのに、なぜか昔の服に目が止まる。

古着屋で90年代のTシャツを見つけると、つい手に取ってしまう。

昔のスケートブランド。

アメカジ。

ワークウェア。

バンドT。

大きなグラフィック。

少し褪せたボディ。

完璧ではないプリント。

今の服の方が生地も加工も洗練されているはずなのに、昔の服には妙に惹かれるものがある。

なぜだろう。

服の後ろに、カルチャーが見えた。

90年代や00年代の服を思い返すと、その服だけを好きだったわけではなかった。

音楽があった。

スケートがあった。

映画があった。

雑誌があった。

アーティストがいた。

ショップがあった。

服は、それらのカルチャーへ入っていく入口だった。

好きなミュージシャンが着ていたから欲しくなる。

雑誌で見たスケーターの格好を真似する。

知らないブランドのTシャツを見て、そのブランドの背景を調べる。

一枚の服から、次の何かにつながっていった。

だから今でも当時の服を見ると、単なるデザイン以上のものを感じるのだと思う。

少しくらい不完全な方が格好いい。

今は、何でも綺麗に作れる。

写真も。

文字も。

プリントも。

グラフィックも。

だからこそ、昔のデザインにある粗さが新鮮に見える。

擦れた写真。

コピー機で複製したような質感。

大胆すぎるロゴ。

少し崩れた文字。

大きなバックプリント。

完璧に整理されていないから、人の手や時代の空気が残っている。

SEAPORTでも90年代・00年代から影響を受けている。

ただし、昔のデザインをそのまま復刻したいわけではない。

懐かしさだけでは、今の服にならない。

ヴィンテージ風に加工する。

昔っぽいフォントを使う。

色を褪せさせる。

それだけなら、90年代風の服は作れる。

でも、それでは単なる懐古趣味で終わってしまう。

大切なのは、

なぜ当時の服が格好よかったのかを考えること。

背景にカルチャーがあった。

デザインに理由があった。

着る人が、その服を通して何かを表現していた。

そこを今の服へ持ってきたい。

40代になった今だから分かるもの。

10代の頃は、ただ格好いいから着ていた。

20代では、周りと違う服を探していた。

そして40代が近づくと、少し見方が変わる。

誰が作ったのか。

なぜこのデザインなのか。

どんな土地やカルチャーから生まれたのか。

服の背景にあるものまで気になるようになった。

だから、昔好きだったカルチャーが今また面白い。

懐かしいからではない。

今になって初めて分かる部分があるからだ。

SEAPORTが90年代や00年代から受け継ぎたいのは、見た目だけではない。

服の向こう側に、何かがあること。

その感覚を、今の時代の服として作っていきたい。

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JOURNAL 05

敦賀を「ご当地Tシャツ」にしないために考えていること。

地方発のブランドとして、ずっと考えていることがある。

敦賀をデザインに入れれば、それだけで「ローカルブランド」になるのだろうか。

地名を大きくプリントする。

名所を描く。

名物をイラストにする。

もちろん、それも一つの表現だと思う。

でもSEAPORTが作りたいものとは少し違う。

僕らが一番避けたいのは、

敦賀を知らないと欲しくならない服

になることだ。

最初は「格好いい」でいい。

SEAPORTの服を初めて見た人が、

敦賀の歴史を知らなくてもいい。

福井へ来たことがなくてもいい。

ブランドのストーリーを全部読んでいなくてもいい。

まず、

「このTシャツ、格好いい。」

と思ってもらいたい。

そこがスタートだと思っている。

そして気に入った後で、

このグラフィックは港から来ている。

この色には敦賀の風景が関係している。

SEAPORTという名前にも理由がある。

そんな背景を知ってもらえればいい。

説明を聞かなければ格好よく見えない服にはしたくない。

「そのまま使う」より「変換する」。

例えば港。

港がテーマだからといって、船や錨をそのまま描けばSEAPORTになるわけではない。

夜霧。

海面の光。

錆びた金属。

コンテナ。

コンクリート。

古い建物。

海と街の境界。

敦賀には、いろいろな質感がある。

それをストリートやアメカジの文法に置き換える。

色にする。

タイポグラフィにする。

写真にする。

グラフィックにする。

そうやって一度変換することで、初めてSEAPORTの表現になる。

「敦賀」を着るのではなく、敦賀から生まれた服を着る。

ここは似ているようで大きく違う。

僕らが目指しているのは、

「敦賀旅行のお土産として買う服」

だけではない。

東京に住んでいる人でも。

大阪に住んでいる人でも。

北海道でも。

海外でも。

一着の服として欲しいと思える。

でも、その服のタグを辿ると、

「これ、福井県敦賀市から生まれたブランドなんだ。」

と分かる。

その方が面白いと思う。

知らなかった街を、服をきっかけに知る。

ブランドを好きになった後で、その街にも少し興味が湧く。

服が土地への入口になる。

それがSEAPORTの考えるローカルブランドだ。

LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.

LOCAL PRIDE.は、

地方の中だけで評価されればいい、という意味ではない。

むしろ逆だ。

自分たちのルーツを大切にするからこそ、外の世界でも通用するものを作りたい。

敦賀だから買ってもらうのではなく。

格好いいから選ばれた服が、偶然敦賀から生まれていた。

その順番を目指したい。

観光地の名前をプリントした服ではなく、

街の空気そのものをまとえる服。

まだ完成した答えがあるわけではない。

でも、その境界線を考え続けること自体が、SEAPORTのデザインなのだと思っている。

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JOURNAL 06

服のデザインに「理由」は必要なのか。

格好よければ、それでいい。

服について考えていると、最終的にはそこへ戻ってくることがある。

Tシャツを見た瞬間に、

「欲しい。」

と思える。

理屈より先に感覚が動く。

ファッションには、そういう力がある。

では、デザインの背景や意味なんて必要ないのだろうか。

SEAPORTでは、この二つの間をずっと考えている。

理由だけでは、格好よくならない。

「このデザインには、こんな意味があります。」

「このモチーフには、こんな歴史があります。」

どれだけ素晴らしいストーリーがあっても、服として格好よくなければ着たいとは思わない。

これはかなり重要だと思っている。

ローカルブランドだから。

歴史があるから。

良いことをしているから。

それだけで服を選んでもらうつもりはない。

ファッションブランドである以上、最初に超えなければならないのは、

単純に格好いいかどうか。

そこから逃げてはいけない。

でも、理由のないデザインは残りにくい。

一方で、流行っているグラフィック。

流行っているフォント。

流行っている加工。

それらを組み合わせれば、それらしい服を作ることはできる。

ただ、流行が終わったときに何が残るのか。

そのデザインを、なぜSEAPORTが作る必要があったのか。

そこに答えがないと、自分たち自身も次第に分からなくなる。

だからSEAPORTでは、

港。

海。

夜霧。

街。

歴史。

音楽。

アメカジ。

ストリート。

自分たちが育ってきた環境や好きだったものから、できるだけデザインの入口を探している。

「説明するための服」にはしたくない。

ただし、ここにも注意したい。

ストーリーを詰め込みすぎると、今度は服が説明書のようになる。

この線にはこんな意味。

この数字にはこんな意味。

この色にはこんな意味。

全部説明しなければ成立しない。

それもSEAPORTが目指す方向ではない。

理想はもっと単純だ。

遠くから見たら格好いい。

近づいて見るとディテールがある。

背景を知ると、もう一段面白くなる。

Simple Outside. Thoughtful Inside.

そんなバランスがいい。

意味を知らなくても着られる。知るともっと好きになる。

昔好きだった服も、最初からブランドの歴史を全部知って買ったわけではなかった。

単純に格好よかった。

着ているうちにブランドを調べた。

音楽を知った。

カルチャーを知った。

だから、さらに好きになった。

SEAPORTもそうありたい。

商品ページを読まなくても格好いい。

でも、JOURNALを読んだ後でもう一度服を見ると、

少し違って見える。

服のデザインに、必ず理由が必要なのか。

正解は分からない。

でもSEAPORTは、

理由のあるデザインを、理由を知らなくても格好いい服にする。

そこを目指している。

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JOURNAL 07

港町からブランドを作る。SEAPORTがまだ何者でもない頃の話。

SEAPORTは、最初からブランドだったわけではない。

店舗があったわけでもない。

アパレル業界で長い経験があったわけでもない。

始まりは、高校時代からの同級生二人の会話だった。

「自分たちで何かやってみたい。」

そこから始まった。

二人とも昔から服が好きだった。

アメカジ。

ストリート。

90年代から00年代のカルチャー。

音楽。

自分たちが好きだったものは、たくさんあった。

だったら、自分たちが本当に着たいと思える服を作ってみよう。

言葉にすると簡単だ。

でも、実際に始めてみると、服を一着作ることすら簡単ではなかった。

知らないブランドの話を、誰が聞いてくれるのか。

最初にぶつかった壁の一つが、服を作ってくれるところを探すことだった。

実績はない。

知名度もない。

大量に発注できるわけでもない。

福井県敦賀市から始めようとしている、小さなブランド。

連絡しても話が進まないことがある。

返事が来ないこともある。

当然だと思う。

相手からすれば、僕らが本当にブランドを続けるのかどうかすら分からない。

それでも、一社ずつ探した。

分からないことを調べた。

人に聞いた。

少しずつ形にしていった。

服を作ろうとしたら、人と出会い始めた。

面白かったのは、そこからだった。

服を作る人。

プリントに関わる人。

写真を撮ってくれる人。

モデルをしてくれる人。

ポスターを置いてくれる店。

ブランドの話を聞いてくれる人。

SEAPORTを始めなければ、たぶん接点のなかった人たちと出会うようになった。

最初は「服を作る」という話だったものが、少しずつ別のものに変わっていった。

ブランドは商品だけでは作れない。

人とのつながりもブランドになる。

そんなことを、始めてから知った。

なぜ、東京ではなく敦賀なのか。

ブランドをやるなら、大きな街へ行った方がいい。

そう考えることもできる。

でもSEAPORTというブランドを考えれば考えるほど、敦賀でやる意味が見えてきた。

港。

海。

鉄道。

街の歴史。

昔から外の世界とつながっていた場所。

そして自分たち自身がここで育ったという事実。

最初は単なる出生地だった敦賀が、ブランドを始めることで少しずつ違って見えるようになった。

見慣れた港を撮影場所として見る。

古い建物をデザインの資料として見る。

街を歩く人を見る。

今まで何気なく通っていた場所に、突然意味が生まれる。

ブランドを作り始めたことで、僕ら自身が一番敦賀を見直しているのかもしれない。

まだ、何者でもない。

SEAPORTはまだ大きなブランドではない。

知らない人の方が圧倒的に多い。

全国どこでも買えるわけでもない。

街を歩けば誰もが知っているわけでもない。

だからこそ、今の段階を残しておきたいと思う。

うまくいったことだけではなく。

悩んだこと。

失敗したこと。

断られたこと。

迷ったこと。

そこから何を変えたのか。

ブランドが大きくなった後で作られた綺麗なストーリーではなく、まだ何者でもないブランドが何者かになっていく途中を記録していきたい。

FROM TSURUGA TO THE WORLD.

目標だけを言えば大きい。

敦賀から、日本へ。

そしていつか、その外へ。

でも今やることは地味だ。

一枚の服を作る。

一人に知ってもらう。

一人に着てもらう。

一つの店とつながる。

一つの写真を撮る。

一つの記事を書く。

その積み重ねしかないと思っている。

港は、何かが到着する場所であると同時に、何かが出発する場所でもある。

SEAPORTという名前には、その感覚がよく合う。

僕らもまだ出発したばかりだ。

LOCAL PRIDE. GLOBAL STANDARD.

FROM TSURUGA TO THE WORLD.

Carry Your Roots.

この言葉が、いつか単なるスローガンではなくなるところまで。

SEAPORTを続けていく。